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<   2007年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧
プラス思考の恩恵
この プラス思考の恩恵を 私は幾たびも貰って来ました。
勿論 貰う前の私は マイナス思考だから プラス思考に変わった変化が少々分かる訳で 正直 恩恵と言っても お金が何所からか降ってくる訳でも 根本的な物事が一変して 世界観が変わると言うような 劇的な変化 でもありません。
自分自身の内なる部分としか言い様がありませんが 以前の考え方と ふっと 違うのでは? 自分はこんな思い方をしてたっけ? こんな考え方をしていたっけ? でも 何か この方が楽みたい から 少しづつ 自分の変化に気づき始めたのです。
でも まだまだ使い勝手が分からず 使い切ってはいません。

不器用で 頑固  要領悪く 話下手と 自分で自負しているのは 自分を成長させる時期に休暇を与え 学びを拒否している期間ですね。
その休暇が長いか 短いか それとも ずっ~と休暇を取りっぱなしで 学ぶ事を怠ってしまい面倒になってしまったかの人達です。
こんな時期が 長い人生の間に 何度か訪れ壁にぶつかり 曲がり角で道に迷い 立ち止まって左右を見渡しても 自分が立っている場所さえ 判らなくなってしまう事さえあります。

プラス思考の恩恵は このような状況の中でも 迷路の中を出口を求め 一生懸命探している人が受けるものです。
どのように受けるのかは 人それぞれですが 出口を求めて右往左往しても ただウロウロするのではなく 何所かにヒントがないか 同じ事の繰り返しの反省をするとか 人が何気なく話している会話からヒントを得るとか 維持を張らずに素直になるとか 失うことへの恐れを手放す 思考の束縛を止める (何も出来ないと諦める 今の思考だけが唯一と決め付ける) 
  
不思議な事ですが 人間が蟻地獄に ドップリ嵌まり込んで足掻いているとき 神は人間を遣わして 何度も助けに来てるのです。
助けられる側の人間は あたふたと足掻いていて 辺りを見渡す余裕すらなく 折角助けようと手を差し伸べた手さえ撥ね付けて 振り払ってしまうのです。
なんと 人間達 私達は 浅はかで幼稚なんでしょうね。
神の 親心を知らずに いう事を聞かず 助けてくれようとしてる手まで払って なんて私達は親不孝なんでしょうね。

窮地に 立たされたときには 中々回りを見渡して 手を差し伸べてくれてるのは 何かを探すのは骨の折れる事かも知れませんが どうせ そんな時の自分は 良い知恵なぞ出ないのだと腹をくくり ド~ンと居座る事も必要かと思います。
そうすれば 案外差し伸べられた手が見え 手を掴み救われるのです。

そう 窮地に陥った時ほど 心にゆとりを持ち 開き直る事で 今まで目の前にあった 救いの手に掴まれる自分が居る。
プラス思考の恩恵を受けられたのです。

こんな恩恵なら要らないよ と 言われるかも知れませんが 窮地に置かれた現状の心が 救われる これが 一番重要なのです。
心が救われる事で 思考に余裕が生まれ 今までの自分だったら 考えもしなかったであろう 全く違う思考が生まれるのです。
全く違う思考が生まれることによって 今までの古き自分から脱皮し、新しい自分に生まれ変わり 成長できた自分が居るのです。
自分は 頑固が取り柄なんて言っている人は 成長の過程で退学し 学びを放棄した理由の言い訳をしているだけです。

誰しもが自分は幸せになりたいと 切に心から願っています。
まぎれもなく これは自分自身嘘偽りない 心が願う真実 人それぞれ幸せの価値観の度合いがありますが 願って良いのです。
大いに 心から強く願って下さい。
但し プラス思考の強い思いで 確信をもって願って下さい。
必ず 恩恵をもらえます。



苦しみを 解き放て 抱え込む事はない

悲しみを 解き放て 我慢することはない

人は皆 心に天国と地獄をもつ

人は皆 心に愛と憎しみをもつ

人は皆 心に慈しみと哀しみをもつ

慈しみを 解き放てば 和ができる

愛を  解き放てば  宇宙となる

自分を癒すツ-ル (道具)

一番必要なものは やはり 人の温かい心のこもった言葉程 癒しの道具に勝るものはありません。
心の想い(念) が プラス マイナス かによって 心にかかる負担の度合いが 極端に変化しそれによって 精神的にも肉体的にも重圧がかかります。
皆さんも 良く肩が凝る 腰が痛い 背中が痛い 膝や肘が痛い 頭や首が痛い 目の奥が辛い 耳鳴りが酷くて人の話に集中出来ない と 色々ありますね。
そんな時には 皆さんは主に整骨院かマッサ-ジか指圧に行かれると想います。

年齢に応じた癒しの道具を 見つければ良いのですが 一時の癒しを求めても またすぐ元に戻りますね。
年齢に合った運動と 趣味を持つことも癒しの道具となります。
道具と書くと 何か物を想像されると思いますが 実は何かに夢中になり 時間を忘れ没頭する事も道具(ツ-ル)となります。
家族の楽しい会話 旅行 読書 絵画鑑賞 映画鑑賞 等も道具になります。

皆さんの周りに趣味多彩の方が 少なからず居られると思います。
その方を ご覧ください。
生き生きと毎日を過ごして居られ 魅力溢れた人達だと思いになりませんか?
皆さんも負けずに魅力溢れる人になって見ませんか。

今から 私が経験して 皆さんにお勧めできる 癒しの道具を紹介したいと思います。

1☆ ゲルマニウムの足浴 2☆ リンパマッサージ 3☆ 東洋医学マッサージ  4☆ アロマオイルマッサージ  5☆ ハワイアンロミロミマッサージ  6☆ オーラソーマ カラ-セラピー 7☆ リコネクティブピーリング 8☆  ヒプノセラピー (催眠療法) 9☆ 全カルマ解除ヒーリング 10☆  フォトテラピー  11☆ 大天使オラクルカード占い  12☆ ペット

上記に記載した癒しの道具は ご自身が一度体験してみてください。
この方法は肉体だけでなく 精神世界にも効果絶大な癒しの方法です。
特に 5☆ 6☆ 8☆ 9☆ 11☆ 12☆ はお勧めします。

11☆の大天使オラクルカード 自分で占うトランプなのですが これは ぜひ 使ってみてください。
幾種類もあり 自分の心と一体となって占う方法ですが これに出るメッセージには 吃驚するほどの答えが出て 同じ事を何回占っても 答えは同じものしか出ないのです。
真に 不思議なカードとしか 言いようがありません ぜひ 試してみて下さい。





神は 人間にあらゆる種類の 癒しのツールを用意した

それを見つけ 自分に合った ツールと一体となれ

自分自身の 魂の成長を促すツールを 欲しければ

神は 願いを聞き届け 用意をするであろう
 
その願いが 真の学びの為なら

神は 惜しげもなく望みを 必ず叶えよう

さあ  いくつでも望むがいい

さあ  何でも望むがいい

神は  常に待っている

求められる事を
先祖の供養の仕方
先祖の供養の仕方

この様に書くと 今までのやり方が正しくないという事? そうは 言いませんが正しければ 今のこの世に多くの浮かばれていない 霊が多く存在し人間界に何らかの悪影響を及ぼしているこの事は どう説明すれば良いのでしょう。
大昔の偉い初代のお坊さん達は 確かに力を持ち民衆を導いて下さったのだと思います。
その後からの代を継いだ方々たちが 自分達の教えの解釈の仕方や その時代に見合ったやり方を考案していく内に 代が変わり また解釈の違いが入り またその時代に見合った教えとなり 貧しい民衆の利益を考え 葬式 仏壇 お墓 と利益が絡んだ商売が お寺の合意の上で成り立ち 今では豪華を競い 本来の死んだ人の供養は? と 思うほど葬式には莫大なお金がかかりますね。

この様に書いてみると確かに 私達は老後の生活の心配と 死んだ後の葬儀代までも蓄えておかないと 死ぬ事もままならないなんて 泣けます。
二束の草鞋を履き 本業の片手間に お坊さんの仕事をしている方が多い中 本業を一本でやっている方も 停年を迎えてから本業になった方も多いですね。
そんな 方達に死んだ後の供養を全て託してるのです。
沢山のお布施を払っているにもかかわらずにですよ   この世に蔓延してる浮ばれていない霊たちにも 勿論生きていた時の生き方によって あの世の行き先が決まるのですから 本人にも重大な責任が一番あります。
他力本願で お坊さんにゴマを沢山すったから 自分はあの世の天国とやらに行けるだろう と目論んでいたのですから。

高いお金など払わなくても ご自分でこの世に生きているうちに 家族や先祖を毎日の生活の中で幾らでも供養は出来るのです。
本当の真実のやり方は 余りにも簡単すぎて 宗教家達やお坊さんは民衆に教えたら お金儲けにならず 自分達の地位や権力に重大な影響を及ぼすので 教えてこなかった と言うより訓えられなかった というのが本音でしょうか。
修行としょうして苦行を教える事で 自分達の権威を保ち 修行する若い者たちを間引きしていったようなものです。

人間死ぬ怖さより 肉体の苦痛程怖いものはないと 思いませんか?

これから教えるやり方は 私が一番信頼できる宗教の教えです。
このやり方をするからと言って この宗教に入りなさいと勧誘してはいません。
実際 私はこの宗教の会員ではありませんし ただ この方が出している本があり それのやり方をしているだけです。
気に入らなかったら 昔からのやり方で お坊さんにお金を払ってお経を読んでいただければそれで良いのです。

お金がかからず 生きている内から 家族や自分達を供養(生前供養)が出来たらそれは とても良いと思いませんか?
特定の宗教に入らなくても 自分だけがすれば良いのですからね。

☆ 一番ご自身がリラックスできる 場所 時間帯 (場所はトイレ

  とか風呂とかでも良い)

☆ リラックスし 姿勢を気にせずにいれる格好

☆ 右手の親指を中にいれ 拳を作り 胸の心臓がある場所に置く

☆ 静かに眼を閉じ 拳を置いている胸の中に 意識を集中させ

  ゆっくりと呼吸をする

☆ 口より息を吸い 吸った息が胸に入ってくる事をイメ-ジをする

☆ 息を口から吐きながら 胸まで入った息を お腹の中心まで送り

  其処に貯める

☆ 上記の事をしながら 「お力を頂いている」 「我が魂は 神なり」

  と 何回も唱える

☆ そう 唱えながら 胸の中に 光が入ってくるイメ-ジをする

☆ 供養したい人 又は 先祖さん を 光のシャワ-を浴びせて

  あげる

☆ 病気をしている人にも 熱を下げてあげるにも この方法を

  用いると良い

☆ この方法を 毎日の日課にすれば 尚更効果があがる   


仏壇の前に座り手を合わすは

自分への 供養

浮ばれぬ先祖に 願い事は無用

年取れば 急に信仰深くなり

お経を唱えながら ゲップをする

仏前に座る回数が  信心の深さと勘違い

お経を唱えるその声は カラオケで

歌いこなした 努力あり

お見事

霊媒心質 霊媒体質
霊媒心質  (霊のかかりやすい 心の思い方)

言葉通り 心の霊媒は 心がマイナス思考の事で 殆どの方が自分自身が マイナスの思考の持ち主だと気づいていないのです。
自分は 明るくて嘘もつかないし 人には親切だし マイナスである訳がないと 思っている方が殆どです。
なのになんで霊媒心質なのだとお思いになる事でしょう。

下記に記載する項目は 全てマイナス思考なので 自分にも当てはものが幾つあるか 考えてみましょう

★  嘘をつく  ★  無口   ★ 不安感  ★ 不平不満  ★ 妬み  ★ 嫉妬心  ★ 憎しみ  ★ 恨み  ★ 足る事を知らない心  ★ 無気力  ★ 自己嫌悪  ★  不信感
★ 悲観的  ★ 消極的  ★ 物欲主義  ★  運動不足  ★ 優柔不断  ★  陰気  ★ 神経質  ★ 恐怖感  ★ 愚痴  ★ 疑心暗鬼  ★ 傲慢  ★ 怠け心  ★  他力本願  ★ 暴力 (言葉の暴力も含む)  ★ 恐喝  ★ 恩を押し付ける  ★ 虐め  ★ 陰険 ★ 怒り ★ 理屈理論 ★ 偏屈 ★ 頑固 ★  

上記に記載したものは 全てマイナスな心の(精神世界)の思い方を書き出しました。
まだまだ沢山有りますが 心の中で話すことは 人様に聞えないから良いのでは お思いでしょうが 確かに心の中で話すことは 聞えません。
でも聞えている神様がいらっしゃるのです。
心の中とは 精神世界の事ですから 人間には聞えなくとも 神様に聞える方がマイナスの効果が絶大なのです。

上記に記載した言葉の反対を言い換えれば それでプラスになるのです。
遊びながら楽しく言い替えていくうちに 知らず内にプラス思考に変化していくなら しないと損だと思いませんか。
性格美人 性格ハンサム になれるのです 美人 ハンサム は三日で すぐ飽きると言います 性格美人 性格ハンサムは飽きが来ないといいます。
ぜひ 試してみてください。

霊媒体質   (霊がかかりやすい  身体)

大体 霊媒心質の人の多くは 霊媒体質の人が多いですね。
霊媒体質改善は 勿論運動しか有りません。
自分自身にあった 運動 スポ-ツ 其の他 民謡 武道 ジムに通えないなら家でも出きるものをしたら良いでしょう。


夫婦 兄弟 姉妹 親友 近所も人達と 毎日散歩するも良し 毎日楽しく生きることを 考えてください。


祈りの 静けさの中に 安心と安らぎがある

安心と 安らぎの 祈りの中に 信じる心がわく

信じる心の力は 奇跡をもたらす

奇跡を体験するには 絶対に必要な 鍵

心の静けさは 我 心の内にある

静けさの中に 落ち着きがあり

落ち着きがあれば 

我神と 一体になれる




ある人が自分のハイヤーセルフに聞いた話を耳にしました
「霊媒体質や霊媒心質の人達は この世で迷っている霊達を宇宙に帰す役目を持ってこの世に存在する」と 言われたこの言葉に 私は心の暗雲が晴れたように救われ心から安堵しました
肉体や精神の不調が霊達のなせる事ばかりだとは思いませんが この言葉には大変救われました 
守護神とは
守護神の守護 加護 ご指導を頂いていない人は何方も居りません。
どんな悪人でも 人間であれば 守護神はちゃんと居て下さっています。
神の方は 何時でも常に人間に話しかけメッセ-ジを渡そうとしていますが、守護されている人間側にその様な認識がなく、会話を拒み続けてきた 或いは それすらもしなく 神という存在すら特定の人間が勝手に 神という存在を作りあげ偶像崇拝者だと決めつけて 信じようとしない方々が多くなってきています。
以前特定の宗教や 其の他の宗教が問題ごとをおこし 余計に宗教離れした責任はありますね。

確かに他力本願の宗教の教えが多いことも認めます。
仏に手を合わす事は 祈りです。
その祈り方に少々問題があり  「困った時の神頼み」 は 普段の疎遠を忘れ 神に「助けろ」  と 命令しているのと同じだと言う事に気づかないのです。
本人は「命令していない ちゃんと丁寧にお願いしてるよ」 と 思っているのですが。
確かに お年寄りたちも真剣に手を擦り合わせて 一生懸命祈っています。
あの世の怖さを お説教のおりに常に 地獄の恐怖を植え付けられていますからね

ある宗教は 手を合わせお題目を唱えるだけで 「極楽往生間違いなし」 「お布施は多いほど仏の供養となる」 「この世の財産は その重みで三途の川を渡れないから お寺に全て寄付するように」 とか 言いたい放題ですね。

このように 信者達に常にお説教していたら 神に対して信頼を抱くどころか 恐怖に慄き 恐れを抱き 愛ある祈り等できる訳がないのです。
まあ それが本音で 信者たちが一人一人個々に 神に祈りが出来たら 教祖達は困る訳ですから 恐怖を植付け自分達の権力を 長年に渡って増大させてきた 努力が無駄になることを 重々知っています。
植え付けられて疑問も不信感すらも 持たない他力本願になれてしまっているので 今更違うやり方を一人だけする勇気が持てないのです。

このブログへ 縁があって開いたのなら 信じなくても良いですが どうか心の隅にでも留めて置いてください。
一人一人ご自身には ご守護神が何時も片時も離れず 学びのメッセ-ジを音楽を聴くように耳元で流れていることを信じてください。
県外の営業に行くときにも  行き帰りの安全 取引相手との交渉などが 上手くいくよう手助けを頼んだり と常に一体である事を意識し 会話をすることです
そして そのメッセ-ジを受け取ってください。
そして そのメッセ-ジをご自分の人生に生かしてください。


神は 常に私達と一体

神は 常に手となり 足となり

神は 常に眼となり 耳となる

時には 飴と鞭での教え

神に 反抗してみても

神の愛は 宇宙そのもの

心の病気
この時代に 何と心の病に冒されている 若者の多さには 驚きです。
物が溢れてお金さえあれば 何でも手に入るこの時代に 心の貧しい人達が溢れかえってるなんて なんと皮肉な事だとお思いになりませんか?
国民の生活が豊かになり過ぎて 自分の子供時代には 貧しくて親から欲しいものを 買って貰えなかった思いが 自分の子供達には充分に与えすぎ 我侭な子供達に育ててしまった結果だと思います。

私達大人が今の成人した若者達の親ですが 良かれとした親心の 結果がこれでは反省しなければいけないですね。
よく新聞に出ていますが 親殺し 子供殺しの事件の多さには 吃驚します。
どちらにも言い分がありますが 大人が精神的に成長してなくて (産めよ 増やせよの政治的な政策の為 子沢山になった) 戦後に生じた子沢山政策の時は 国民は貧しく毎日  白いご飯なんて食べられなかった時代です。
親も一人一人構ってる事なんて出来ない 上から順番に 下の子の子守りをするのが当たり前だった時代です。

でも 今から思えばこれが 私達の思いの中に 自然に芽生えた野心を 知らず内に育て 社会人になってからは どうしたら生活に余裕が出来るか お金の苦労をしなくて済むか 人より少しでも良い暮らしがしたいと 何をするにもその事が頭から離れなかったですね。
今 ぞくぞくと戦後の日本国を 支えてきた人達が 皆さん停年を迎え 現役から退いていっています。

この時代の私達は家庭を顧みることなく 働け 働け と不自由してきた子供時代を取り戻すかのように 仕事と遊びに夢中で生きてきた 本人からすれば悔いの無い人生と 言うべきでしょうか 子育てを女房一人に任せ お説教だけは言う 普段子育てに参加していない分 子供からすれば たまに顔をみる同居人としか 見ていない人が怒るのですから  気分が良くないし 反発して 言う事を聞く訳が有りませんね。
その子供たちが 今の時代に大人になり 結婚して子供を産み 母親からの狭い知識と学校 学友からしか 教育を受けていない若い者たちが 親として子育てをし 又 停年を迎え何もする事が無くなった男親が 孫の子育てに加わり 甘やかす事この上なしの 猫可愛がりするものですから 尚更 我侭な子が出来て当然ですね。

その結果 自分の思う通りに行く間は良いのですが ひとつ行かなくなると 本人はパニック状態に成り 暴れたり暴力を 振るうようになっていくのです。
今のこんな若い人たちの罪は 私達の時代の子育ての 結果だと思います。
年を取ると 自分の非を認めなくなり まして子供達には 尚更 心の中で思う事と 口に出る言葉とが違い 自分でも素直じゃないなと良く思います。

子供達ばかりを非難しますが 大人達の責任でもある訳ですから もっと国が対応してくれたら良いと思います。
今我が子が 心の病気で病んでいるとしたら 果してこの病気を真剣に受け入れてくれる 病院は有るのでしょうか?
保険制度の問題で 薬がいらない症状は病気の対象外と判断され 病院側は必ず薬を出し 治療を施さないといけないシステムだそうです。
薬がいらない病気だってあるのに それは対象外だとは 国は国民から高い保険料を集めていますが この中の何%の人が保険を使用しているか 年に何十万も払い一度も病院に行った事もない人だって居るのですよ。

くどくどと国の政策のやり方に反発を感じながらわが身一人 一人言を言った処で何にもならないかも知れませんね。
よい大人が何も出来ず愚痴を言っていたら 心に病を持つ若い人たちに申し訳がないですね。

本当に心の病を持っているのに 大人が認めようとしないで そんな子達に軟弱者と決め付けただ怒るだけの大人が居ます。
男親が多いですが この人たちは過去の自分が貧しくて何も無い時代をしっかり生き抜いてきた自負があるからなのです。
だから今の若い人たちの事を 理解しょうと思う気持ちが無い訳でなく ただただ違和感を抱いてしまうのも事実です。
心を病んでいる若者に同情して欲しいのではなく 理解し受け入れてくれるだけで良いと思います。

それからどうしたら この病気を治していけるかを考え 精神を病んでいる人達に生かしてください。
日本全国に この病気にあった治療をしてくれる病院の少ない事 大体が精神科になり 精神異常者扱いの治療なのです。
医師不足 病院不足なのかも判りませんが 薬漬けの治療のみで治るとは思われません。
確かに 私は専門家では無いので ただ批判しているだけかも知れませんが もっと真剣に国が 大人が考えなくては駄目なのではと思います。

自分の殻にこもり 外の世界が怖い

人を信じれず 自分も信じれず

ただただ自分の中から出られず

ふっと そんな自分を責め

益々 自己嫌悪に陥る

外に出る勇気が ほんの少しあれば

扉は目の前にある

開けるのが怖ければ

まず 扉の前に居よう

そうすれば 必ず 誰かが開けてくれる

信じよう 誰も自分を見捨てていないことを

by hikarinoie | 2007-09-21 12:32 | 心の病気
念とは
念て聞くと 何か怖いものを想像してしまいますね。
確かにひとつ 受け取り方や 扱い方を間違うと怖いものかも知れませんが 念を上手に扱うとこんなに利用し甲斐があるものはないでしょうね。
皆さんも そんな怖いものは知らないほうが良いと思われるかも知れませんが どっこいそうはいかないのです。
何故なら 知らないから念を怖いものと思い込んで 知らない内に念を働かせてしまっているからです。

まず 念とは何処から生じるのかを理解し 受け止めてください。
頭 (頭脳 考え) から念を発する場合も有りますが  心(想い)が発する念には足元にも及ばない強さがあります。
何故なら 「喜 怒 哀 楽 」の 四つの感情は 全て心の世界が創り出すもの 心から生じる 四つの感情には 目には判らない強いパワ-があり このパワ-は発した人間の願いを聞き届けてしまうと言う 厄介なものなのです。

勿論 他人に対してもこの念は叶ってしまいますが 自分自身にもこの念(自念障害)は叶ってしまい 念の想いの強さと願った事柄により 様々な物事が生じます。
人に念を送ると その念が我が身に帰ってくる事を自念障害と言います。
自念障害が帰ってきたパワ-は 発した時の強さの何倍にもなって帰って来るので よくよくこの事を理解して欲しいです。
帰り念の怖さは 念を発した本人に帰るのなら これは当然当たり前だろうと言えるのですが 被害に遭うのは 周囲にいる 貴方にとって一番大切な人に(弱い存在)帰ってくる場合が多いのです。


例えば  「明日は嫌いな仕事がある 病気になれば会社が休めるのに」 「あいつは 俺の事を虐めてばかりいる あんな奴なんか事故にでもあえば良いのに」 「私の彼を横取りした あんな女はケガでもすれば セイセイするのに」 と つい心で思ってしまって 偶然にもその通りになって吃驚する事もあります。
 
これは 偶然でも 何でもないのです 心の念が叶ってしまったのです。
昔から 「人を呪わば 穴二つ」 と言う言葉があります。
人を 呪ったら 墓の穴を 相手と自分の分を掘っておきなさい。 の意味です。
上手く例えていると思いませんか その通りだと想います。

それでは どう 上手く使えば良いのかと言うと 念は叶うと言いましたね。
折角 叶うのなら これを使わない手はないでしょう。

プラス思考を 心に常に思うことです。
一寸試しに願いをしてみようか と 軽い気持ちですると 「やっぱり叶わないじゃないか 叶う訳がないわ」 と 言う事になってしまい この人は二度と願いが叶う事を信じなくなるでしょう。

願い事の 叶え方の方法を記載します。 三通りの計画の立て方の方法です。
皆さん やってみて下さい。

☆  三ヶ月を目安に叶えそうなもの 簡単な願い事を書く
      (すぐ叶いそうなものを 考える)

☆ 一年を目安に叶えたいものを 紙に書く
      (少し 大きい計画を願う)

☆ 三年を目指す大きな願い事を紙に書く
      (人生で一番目標とする計画を願う)

一年に 七つの願いが掛けられます。
ひとつの願いの期間は 50日と決め 大きな願い事は50日をになったら 一区切りし 新たにもう一回願い事を書くことです。
叶うまでこのやり方を繰り返すことです。


紙に書きましたら 良く考え 本当に叶えたい事を書いたかどうかを心の想いに確認する事
後は 寝る前に 布団に横たわり 叶えたい事柄が 叶って喜んでいる自分を 心の中にイメ-ジして寝るだけです。
この方法で上に記載した 三通りの願い事を叶えることです。
力まず 力を抜いてリラックスして 完全に叶ったことを必ずイメ-ジしてください。
日中でも この事を思い浮かべ 必ず叶ったことをイメ-ジするだけで良いのです。
ここでの注意点は 諦めて叶える事を止める事と 叶う訳ないかと負の思いを 一瞬でも思ってしまったときは この願い事を中止し 何日かたって改めて計画を練り 又やり始めることです。
何事も すぐに諦めない事です。
願い事は 必ず叶います 諦めずに 念をプラスに叶えてみてください。

念じれば 想いは叶う

我 魂の力

我 魂の力に  皆よ目覚めよう

目覚めれば 我 魂の力を知る






by hikarinoie | 2007-09-21 12:29 | 念とは
癒しの必要性
人間には 思考  思 (心) 考 (頭) の回路を持っており 何か決断を下すときには この二ヶ所の回路が1つにならないと 即決出来ない 事は 皆さんもお分かりだと思います。
心と頭脳が一体になって 決断が出来た時 その行動力は活力に溢れ 何事にも成功を収める結果がでます。
その反対に 心と頭脳が一体化しないまま 決断を下した場合 思わしくない結果がでてしまいます。
人間ですから 何時も一体化し良い結果ばかり出せるとは限りません。       行動を起こす時  頭脳と心が一体化しない場合は 心にも頭脳にもストレスが生じ イライラしたり 怒りやすくなったり 疲れがどっとでて身体が重く感じたり 無気力になり  何事にも良い結果が期待出来ません。
そんな時には自分の心と頭脳に癒しの処置をしなければいけません。

癒し方の方法には色々ありますが 静かに音楽を聞く  映画を見る 自分の趣味の絵を描く  読書をする 友と長話をする 散歩する 大好きな コ-ヒ-や 紅茶 ハ-ブ茶等飲んでリラックスする 後はジムに行って運動をしてくる そうそう運転が好きな人はドライブして気をまぎらしたり 恋人とデ-トしたり マッサ-ジに行って来たり 美容室に行ってお洒落にしてきたり 居酒屋に酒を飲みに行ったり スポ-ツで汗を流したりする方法は何方でも一般的に自然とやっていると思います。
なのに 癒しの為にお金を使うなんて とか そんなのは自分自身をただ甘やかしているだけとか 自分に言い訳をしているだとか そんな事を言い出す人が居ます。
たまには 自分にご褒美として贅沢な癒し代を使うのも良いのではと思います。
それで 又明日から頑張る元気が出るなら それで良いのではないでしょうか。


癒し 癒されるを 望むは罪ではない

神は 人間が望む癒しの道具は

すべて 人間の周りに用意している

周りを見渡して 欲しい道具に

手を 伸ばせ

手にいれた道具を

どう 使い切るかは人間次第

自分の人生 道具を上手に使いこなせ






 
浄霊
神と自分の意思で 私達は皆 人間界に生まれてきたのです
神と私達は同意の上 この世に生を受けたのなら  私達は皆 神の守護が得られていて当然なのですが それでも 無事に日々生かされている事を 神に感謝しましょう。

私は この世に生を受けた時より 神と言うより どちらかと言うと 仏教の教えを祖父母より 生活の中に自然と仏に手を合わす事を教えられてきました。
なので 神には申し訳ないのですが 恥かしい話 仏様の家来が神様だと 30代迄ずっと思っていました。

叔母が 若い頃お寺で修行され 尼さんになってからは親類中が法事 仏教の儀式 一切を取り仕切ってくれていた関係で 他の子よりお寺に行く機会が多く お説教等の話を聞く事も多かったので なおさら一番偉いのは仏様と 仏様オンリ-の私でした。
30代半ばより   四柱推命 墓相 家相 手相 方位学 深層心理学 を学び占いをしてきました
毎日占いをしていく内に 月に一度は身体の痛みに耐えかねて 寝込む日があり その都度 尼さんである 叔母さんに淨霊をしてもらう事が多くなっていきました。

そんな時 一人の男の人が家族と親戚の人達 7人の方がぞろぞろと付き添いで 占いに来られたのには呆気にとられました。
本人は 占いに来た筈なのに一言も言葉を発せず 話をするのは家族の人か 親族の方なのです。
見かねて 本人に直接話をすると 本人曰く 「僕は占いに来たのではなく 何が原因で病気になっているかを 当てて見なさい」 と 言うのです。
占いで調べた限りでは 病気の星は出ていないので 「これは 病気ではありません 原因は 他にありますね」 と 言うと 又 「だから その原因を 先生当ててみてください」 と言うのです。
そうしたら ズシッと私の背中に激痛が走り イメ-ジが出てき お侍の無念な思いが伝わってきたのです。
背中を切られると言う事は 侍にとって末代までも恥さらしと笑われるのだそうです。
その無念な思いが この世までも念となって残り 現世の人間に救いを求めてきたのです。
本人にもその霊が見えていて 家族や親戚にその事を話すのですが 全く信じてもらえず 精神異常者扱いされて ふて腐れていたのでした。  その頃の 私はまだどうやって霊を救ってあげれば良いか思いも付かず 本人が信じる宗教があるなら そこに行って来なさいと話をしましたら 本人曰く 信じる宗教の本部が長崎にあって
遠いからと 渋る本人を説得し 行く約束をさせて 帰ってもらいました。

それからの 私の毎日は占いに訪れる人達で忙しさに追われ その男の人の事はコロッと忘れた存在になっていた頃  朝起き掛けに赤い鳥居と神社の前に それは逞しく立派なお侍が 片膝ついて 私にお礼を言うのです
何のことか判らず 不思議な夢を見たな位に思っていたのです。
外の畑で農作業していたら 男の人が顔面一杯笑顔を浮かべ 門を入ってくるのが見えました。
その顔を見た瞬間 夢の意味が理解出来ました。
浄霊が済んだ後 お侍が言われたそうです。
このお礼は この男の人の子孫孫 末代まで守護すると言われたそうです。

この人ように 自分の先祖方の中には 昔救ってあげた霊たちがいて このお侍のように子孫末代迄 約束通り守護をしてくれている子孫達が居れるのです。
残念ながら その子孫は自分達が 高貴な神に守護されているなんて 思ってもいませんから当然ながら その神と会話もしなければ 感謝もしていないのです。
何方にも 皆さんには 守護をして下さっている神様が居られる事を 信じてください。
信じ 自分の神様と深い絆が生まれたなら 普段の生活にも 自分の思考にも目に見えて変化が起こり始め 自分でも不思議な気分になります。


我は いつも汝と共にいる

汝が 笑えば 余も笑い

汝が 泣けば 余も泣く

神が 笑い 泣くのは 可笑しいか

余と 汝は 一体だと知れ

余は 汝と共に体験する

by hikarinoie | 2007-09-17 21:15 | 浄霊
マスタ-とは

マスタ-とは   魂の指導者の事を言います・

指導者と言っても 宗教の教祖とか お坊さん 牧師さん を 皆さんは想像されると想います。
ですが ここで言う指導者とは 皆さん一人一人が指導者だと言う事を 少し話をしていきたいと思います。

マスタ-と言っても 人それぞれ役割分担があって 何百人 何千人 何万人も信者がいて教祖的存在で教団を率いていく人もいれば 普通の生活をしながら 限られた人間関係の中の人達の相談にのる者もいます。

皆さんもそう言われれば 「友達が色々相談事を持ちかけてくる」 「妹や弟の恋愛のコツを聞きにくるわ」 「親から親族の問題事でアドバイスを持ちかけられた」 「そう言えば悩みがあるときには 必ず相談する人がいる」 と思い出してみれば 皆さんの周りに必ずマスタ-が居るのに気づく事でしょう。

年齢によって悩みの種類や 問題事の大小は ただ有りますが その人の抱える問題悩み事は その人達の器の大きさによっても 大小様々の解決策があります。
人様から見れば 「小さな事を 何であんなに落ち込んでいるんだろう」 と 思っても 本人にすれば 100%の悩みだし  「私ならあんなに大きな悩みがあったら 死ぬしかないわ」 と 思われること それも 誰も考えも付かない方法で あっさりと解決させてしまう人もいるでしょう。

魂は 何回も生まれ変わって その都度の過去性で 人生経験と体験の知恵の宝庫なのですが 現世での肉体は 人生経験の中ではまだまだ幼いのです。
自分の魂は 知恵の宝庫と気づいたなら 魂の声を素直に聞き入れ その声に従えば一番良いのですが 中々魂の声を無視してしまう事が多いですね。

でも 多くの人たちが 魂の声を聞き素直にメッセ-ジを受け取り 行動に移しています。
突然 突飛なメッセ-ジを言われ吃驚して 相手を気味悪がり 二度と関わりを持たないようにしたり その反対 この人は間違いなく指導者だと確信して従った所 まがい物で騙されて酷い目にあったりするのは まだまだ自分が幼く 魂の覚醒に気づかないだけ。

魂を覚醒させるには じゃ どうすれば良いのか

静かに目を閉じて リラックスするまで 何回もゆっくりと長く呼吸を繰り返し 心のある部分に意識を集中させ そこに見えてくるものを待つのです。
見えるものは 個人それぞれ違うので 具体的なことは書きません。
書いてしまうと 皆さんはそれに捕らわれ 自分の真実が曲げられてしまうのを 恐れるからです。

心の中に溢れてくるものを 否定しないで 受け止めてください。
受け入れるようになると メッセ-ジがある時は 突然 心に溢れてきたりする時もあれば 改まってこちらから訊ねて頂いたりもできます。

上記に記載した事を意識せず 知らず内に実践している人も多くいます。

又 実践しなくてはならない人が 未だに気づかず 早く覚醒させる為に これでもか これでもまだ気づこうとしないのかと 背中を叩かれ しりを叩かれて指導を受けている人たちも多くいますよ。

メッセ-ジを貰うようになってからの 注意点は そのメッセ-ジを悪用してはいけません。
悪用すると 法にふれる問題事が起きますから 必ず誠意を持って真実のメッセ-ジを伝えることです。
真実のメッセ-ジであれば その言葉で必ず人の心が救われます。
皆さんも 自分の魂のメッセ-ジを受け取り 自分も又 マスタ-だと言う事に気づいてください。


自分探しの 旅に出る

時には 各駅停車の鈍行に乗り 気の向くままふらりと出かける

時には 気が急き 早く目的地に行きたくて 急行列車に乗りたがる

時には 1つの駅に降り 我を忘れて散策する事に熱中する

時には 1つの町の中を歩いていても 隣の町が気になる

時には 1つの町で出会った人と意気投合し 我を忘れ夢中になる

時には どの駅にも降りたくなく 窓から見える景色をぼんやり眺めるだけ

時には プラットホ-ムで列車に乗り降りする人を 観察している

時には 同じ旅をしている人と出会い 旅をするコツを伝授してもらう

時には 何の為に旅をしているのかと 心の迷路に迷い込む

時には 目的地を見失い 旅を放棄したい気持ちに駆られる

時には 暗闇の夜に出かけたくなる

時には 夜空に瞬く 星を見てとめどなく溢れる涙




友を導く我が身も又  修業の身

我 魂の導きの声を聞くために

我は今日も 祈る